今回のライブについて

今回のイチオンのライブの振り返りながらつらつら。


3・17のフォレストリミットにて行われた音故知神イベントに参加させていただきました。

主催者のチャーミーさん、清水さん、共演者の皆さま、フォレストリミットのスタッフの皆さま、

そして何よりもご来場いただいたお客様に本当に感謝しております。

皆様のサポートのおかげで、音楽活動が成り立っているのを

本当に日々実感します。

これからも何卒どうぞよろしくお願いいたします。


下記は今回のライブを経ての私的感想です。



3.17のイチオンのライブは

久々に自分にとって大きな変化のあるライブだった。


かなり機材のセッティングも変えたし、楽曲にたいするアプローチも変えた。


基本的に私は練習というものをしない。

ギターなどを弾くことはあっても、いわゆる日課練習というものは最近しなくなった。

これはバンドリハにおいても一緒で、定期的に行うというより、ライブに向けて調整をしていくという形だ。


バンドの曲作り、リハについて、その昔、

FUGAZIというアメリカのインディーバンドのビデオを見た時に、

練習風景の描写があった。


彼らは、食卓のテーブルみたいなところで、

ひたすら新曲についてのディスカッションをしていた、


それをみて


「なんかこういうのがいいな」


って思った。


それまで、僕たちは、アイデアがでるまで練習スタジオで

ジャムというか音だしするという相当効率の悪いやり方でやっていた。


もちろん方向性はある程度、バンド内で話合をするが基本、音だしだ。

今なら本当に考えられない、時間の浪費としか思えない。



それに対して


曲に対してまず構想をねり、ほぼ曲作りが話し合いで進むというのは、


各プレーヤーが成熟し、音だしをする段階で

それぞれが曲に対しての具体的なアイデアをもっているので

あとは組み合わせるだけという。


なんか理想的な感じを受けた。


今では曲作りは、ほぼ一人の作業で終わる。


コンセプトも

喫茶店で考えたり、旅先だったりとどこでもできる。




曲中の材料的なものは、ある程度は自分の中に蓄積されているようで、

自分の趣向性も、劇的に変わるという事は

なさそうだ。



しかし、それを構成する作業の時は、

色々と変化があるような気がしている。

編集作業のやり方が変わってきているような感じだ、


今回は、ライブに、今まで僕が求めていた

アルバムの再現性というものをなくした。


サンプラーやPCなど機材の発達により

アルバムで構築されたものがまったくそのままできるようになった。


音源を聞いた人がそれを、ほぼライブで体験できるように

しようとつとめてきたが、今回はそれを崩す方向にした。


音源の景色を、心象風景のようにとらえ、

そこから派生するイメージをライブで追うように方向性が変わってきている。


バンドで曲を作った場合は、以前は、曲の再現というものに

力を入れていたようにおもう。、


もし、即興パートがあってもそれは、曲中のある部分という形に限定されるやり方だったとおもう。


しかし、これからは変わっていくだろうとおもう。


また音とともに、光の効果・照明についても追求していきたいとおもう。


スモークマシン+レーザーの組み合わせは、問答無用に楽しいし、

気持ちがあがる。


この感覚はわすれていはいけないものだろう。



以下 今回のライブの模様









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