嘘塗りの骨 ~アイヌ人骨返還問題の悲痛~

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北海道テレビ放送で制作されたドキュメンタリー、
嘘塗りの骨 ~アイヌ人骨返還問題の悲痛~」が、現在インターネットテレビのAbemaTV(アベマTV) で放送されています。

この番組は、北海道テレビでは2018年2月17日に放送され、AbemaTVでは3月10日に放送されました。

現在、AbemaTVでは7日間のみ無料で見逃し試聴が可能です。
興味のある方は是非ともご覧ください。
(無料の試聴はあと4日間のみです)

AbemaTV
テレメンタリー「嘘塗りの骨 ~アイヌ人骨返還問題の悲痛~
https://abema.tv/channels/abema-news/slots/8r1MypX5um2nB1


以下、見れなかった方のために 簡単に番組内容を書き起こしています。



アイヌ人を本当に 人間として尊重していなかったということのあらわれ。
盗んだものはこの地に返せ、ただそれだけだ。


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川村兼一氏(川村カ子トアイヌ記念館 館長)


150年前、明治政府による開拓が始まります。
アイヌの土地は強制的に奪われ、狩猟が禁止され、同化政策でアイヌ語が失われていきました。仕事、教育、結婚、アイヌと名乗れば差別が待っていました。

そして、墓に眠る遺骨までもが持ち去られたのです。

一回弔われて埋葬したのに、それを掘り起こしていくんだから。それも無断でね。盗掘だから。盗んでいくんだから。とんでもないよ。」(川村さん)


当時(1960年頃)、頭の骨のかたちで人種を特徴づける研究が行われていました。

アイヌ民族は外見上、欧米人に似ていると言われ、研究の的になったのです。

許可を得た発掘も含めて、明治の初めから100年近くにわたって墓地が掘り返されました。

現在、この研究に学術的意義はありません。


しかし、国の調査で、北海道大学や東京大学をはじめ、国内12大学に約1600体の遺骨がいまだ残されていることがわかっています。

さらに海外8か国にもわたったと言われています。



アイヌ民族には遺骨を大切に思う、独自の死生観が語り継がれています。

33年前、川村さんは北大に遺骨がある事を知り、旭川から持ち去られた遺骨5体を引き取りました。

しかし、返還された遺骨は、どれも体の一部のみでした。

去年7月、川村さんらは北海道大学を提訴、遺骨の残りを返すよう訴えました。

記者会見で川村さんは、「何度北大に行っても話し合いに応じてくれないので、提訴に至りました。」と経緯を話します。

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国や大学は身元を特定した遺骨は遺族に返すとしています。

しかし、研究の対象が頭の骨だったため、残りはほとんどバラバラに保管されていました。
身元が明らかになった遺骨は、わずか38体でした(約1600体中)。




身元がわかったとされる遺骨でさえ、ずさんな管理が露呈しました。

土橋芳美さん(平取町)は、公開された遺骨のリストにひいおじいさんの兄の名前を見つけ、北大に申し出ました。

平村ペンリウク氏、コタンの長老として人望を集めていたため、平取町の名誉町民として知られる方です。

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85年前に北大に持ち込まれた遺骨と対面します。

「ペンリウク」と、頭の骨に直接 書きこまれていました。



しかし、返還手続きが進む中で、「再鑑定の結果、記録と15㎜違っている」と担当者が言い出しました。

人間の骨という意識ではない、どこか研究材料、資料という扱いできたのかな。だからこんなことができるんじゃないかと思う。

と、土橋さんは話します。




国は全国の大学に残る遺骨を一か所に集める計画を立て、2020年完成の国立アイヌ民族博物館・国立民族共生公園(白老町)に、新たに慰霊施設を作ろうとしています。

掘り起こした場所に返さず、違う場所に集めることに多くのアイヌが反発しました。

道内各地で、次々と裁判が起こります。

当時の明治政府がやってきたことの責任をなんとか取ってほしい。我々が慰霊する権利を認めてほしい。

元にあったところに戻してほしい。それが筋じゃないのか。

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アイヌ側の訴え
アイヌの風習では、先祖の霊は遺族ではなくコタン(村)ごとに弔います。
故人の身元がわからなくても、発掘された場所がわかれば、それぞれのコタンに返してほしいと訴えました。

日本の法律
遺骨の引き取りを遺族らに限定。集団や地域への返還を認めず。

これが、遺骨がスムーズに戻らない最大の理由でした。




去年8月、札幌地裁は「遺骨を原告のアイヌの集団に返還せよ」との判決をくだし、和解が成立しました。

記者からの「謝罪の言葉とかはないんでしょうか」との質問に対し、北海道大学 理事・副学長の笠原正典氏は「謝罪等につきましては、今回の和解の要件にはなっておりませんのでしたので、特に申し上げませんでした」と答えました。

また、北海道大学 理事・副学長の長谷川晃氏は記者からの質問に対し、このように答えています。

記者「今のところ裁判でしか返還に応じられてないんですけど、裁判じゃなきゃ駄目なんですか?

長谷川氏「基本的に北大としてはやはり先ほどから申し上げているように、関係の方々、国も含めて、それからアイヌの方も含めて、協議をしながらということがあくまで基本方針です。


これに対し、アイヌ民族の方はインタビューでこう答えています。

裁判を起こさなかったら(遺骨が)返って来ないって、どこまでアイヌを見下げたような、北大がアイヌに対しての行動というのは、どうもやっぱり腹の底では許されないという気持ちだけは今も強く持っています。

ペンリウク氏の骨は今もどこにあるのかわからないと、北大が伝えてきました。

土橋さんは返還されていく遺骨を、見送ることしかできません。


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オーストラリアの大使が、3体の遺骨の返還を申し出ました。

ドイツの学術団体は、夜中に盗み出したことがわかったとして、1体を返還、

遺骨の入手方法はモラルに反するものだった。アイヌのコタン(集落)の人々にも配慮をしていなかった。

と公式に自らの過ちを認める発言をしました。



アイヌ民族の方は、「時代は変わってきている、人権に配慮した世界の流れになっている」と話しますが、日本ではどうでしょうか。

海外の返還の動きとは裏腹に、国はアイヌ人骨の研究を認めており、現在、DNAを取り出す新たな研究が始まっています。



札幌医科大学からアイヌ人骨の提供を受け、歯の髄からDNAを取り出す新しい研究結果が発表されました。

アイヌ民族の方の中には、科学的にルーツを解明し、理解が広がっていくことで、差別が減っていくと考える人もいます。




アイヌの団体は、新しい年代の遺骨(明治以降に掘ったもの)は研究に使わないよう念を押しています。

論文では、「研究に使われた遺骨は江戸時代のもの」と記されており、研究者も「使用した遺骨は江戸期のものに限っている」と説明しています。

遺骨を提供した札幌医科大学は、江戸期の骨として保管していました。



制作側は発掘当時の報告書を入手しました。

しかし、どの資料にも出土した遺骨がいつの年代のものか記載はありませんでした。

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アイヌ民族の側は、「昭和37年に町(浦河町)と札医大の人達が来て、(明治以降に付近に住むアイヌの人々が墓地として使用した場所から)およそ34体を持っていったと聞いている」と証言しています。

浦河町教育委員会 郷土博物館の方も、浦河町記載の資料によると札医大の遺骨は明治以降のものと思われると証言しています。



制作側は、札医大に対し、江戸時代とした根拠を示すよう求めました。

回答は、「遺骨の年代を証明する資料は、見つからなかった」と、事実上ずさんな管理だったことを認めました。

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アイヌ民族の方は言います。

研究はもうしないでほしい。研究はもう必要ない。それよりも、この元の場所に1日でも早く返すことを願っている
そんな人を馬鹿にした話、世界中であるのはここだけだ




今年1月、旭川の川村さんの元に、北大の職員が尋ねてきました。

33年前、北大が川村さんに返還した5体の遺骨、その骨をもう一度持ち帰り、調べ直したいと言うのです。

またふるさとから遺骨が持ちだされていきます。



AbemaTV
テレメンタリー「嘘塗りの骨 ~アイヌ人骨返還問題の悲痛~
https://abema.tv/channels/abema-news/slots/8r1MypX5um2nB1

番組概要

ANN各局が週替わりで制作するドキュメンタリー。今週は日本の先住民族アイヌ。コタンと呼ばれる集落を作り、今の北海道を中心に、自然の中で暮らしてきた。しかし150年前、明治政府の政策で大勢の開拓民が入植し、差別の歴史が始まる。研究目的として、遺骨までもが掘り返された。いまもおよそ1600体が、全国の大学に眠る。「盗んだものはコタンに還せ」。各地で声を上げるアイヌたち。彼らの訴えは、裁判に発展する。そして明らかになるずさんな管理と研究の不備。アイヌの祈りは届かない。

ナレーター:佐藤良諭(HTBアナウンサー) 
制作:北海道テレビ放送

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